動かそう 下野の未来! えびさわ はるな

MESSAGEごあいさつ

「ここは田舎だから」を
「自慢の地元」へ

はじめまして、えびさわ はるなと申します。

私は下野市(旧石橋町)の飲食店の長女として生まれ、地域の皆さまの温かさに支えられながら育ちました。

その後は都内で進学・就職し、下野市を離れて暮らしていました。地元に戻るたびに「ここは田舎だから…」という言葉を多く耳にするようになり、その度に胸が痛みました。

このような諦めにも似た言葉を聞く中で

「私が何か力になりたい…」
「育ててくれた地元へ恩返しがしたい…」

その想いは日増しに強くなっていきました。そして迎えた、30歳という人生の節目。私は下野市に戻り、この街のために政治活動へ踏み出す決心をいたしました。

下野市には、私たちが誇れる魅力がまだまだたくさんあります。だからこそ私は、「みんなが自慢できる下野市」を目標に掲げ、この街にもっと前向きな空気を広げていきたいと本気で思っています。

県外で暮らし、働いた経験があるからこそ分かる、下野市の本当の素晴らしさ。そして同時に、外から見たからこそ気づけた課題。

あのとき地元へのUターンを決断し、今こうして走っている現役世代だからこそ、持てる視点と行動力があります。

育てていただいたこの街を、もっと誇れる街へ。えびさわ はるなの挑戦に、どうか皆さまの力を貸してください。

MISSION下野市への想い

下野市の30年後、40年後のことを
一緒に考えませんか?

若者の就職支援

1. 若者が働きやすいまちへ

・市独自奨学金制度の更なる充実
・市内・近隣企業との連携強化で就職支援(企業説明会、マッチング機会の拡充)
・テレワーク支援の強化で若者の地元定着を後押し
・中小企業の経営の見える化や地域の経済動向調査、創業支援を推進

「地元で働ける」選択肢を増やします!

子育て支援

2. 子育て世代を全力応援

  • 所得に制限されない手当を目指す(0〜2歳の保育補助など)
  • 地域で子どもを育てる交流の場を拡充
  • 子ども食堂や自治体などの支援の見直し
  • 子どもも大人も生活しやすいようインフラ整備の推進

仕事も子育ても諦めない
地域全体で子育てしやすい下野市へ!

高齢者支援

3. 家族の、自分の、最期を「選択できる仕組みづくり」

  • 自宅での看取りを支える医療・行政・地域連携の強化
  • 認知症の方やその家族を地域と行政・関係機関が協働して支える仕組みの構築
  • 人生の最期を本人が望む形で過ごせるサービスの拡充

最期まで「自分らしく」生きられる環境を!

PROFILEえびさわはるなのプロフィール

出身:栃木県下野市
生年月日:1996年(平成8年)1月12日
星座:やぎ座
血液型:B型
家族構成:父、母、祖父母、妹
好きな言葉:やらぬ後悔よりやっちまった後悔がしたい
趣味・特技:ハロー!プロジェクト、セルフネイル、ディベート

石橋商工会所属

下野市で飲食店を経営する家族のもと下野市で誕生。2011年をきっかけに原発稼働率について興味を持ち政治への関心が高まる。
高校時代に英語ディベートで議論の楽しさを知る。

経歴

石橋幼稚園

古山小学校

石橋中学校

宇都宮女子高等学校

日本大学法学部

(株)リクルート

海舟

1. 政治に興味を持った経緯は?

幼い頃、『行列のできる相談所』という番組が好きで、政治家に憧れを抱くようになりました。

そして、より一層政治に関心を持つようになったのは、東日本大震災がきっかけです。2011年3月11日、この日は高校の合格発表の日でもありました。震災直後の不安な生活の中で高校へ進学し、原子力発電所の在り方に疑問を抱くようになったことが、大きな転機だったと感じています。
高校では友人と「今の政治をどう思うか?」といったテーマについて、フランクながらも真剣に語り合う機会に恵まれました。

そうした経験を通じて、「無知なまま批判する大人にはなりたくない」という思いが次第に強まり、政治家という道を現実的に考え始めました。

2. 地元と東京、どちらも住んで
感じたことは?

私は明るい性格ではなく、地元では少し浮いた存在で、いじめを受けた経験もあります。そんな私にとって、20代で上京した東京は、多様な価値観を受け入れてくれる生きやすい場所でした。

しかし東京での生活を通じて地方との違いを実感する中で、栃木・下野市の可能性に気づきました。生活基盤の安定や人の温かさなど、かつて避けていた魅力は、自分の変化によって見えるようになったものでした。だからこそ今は地元に戻り、その価値を伝えたいと思っています。

かつての自分のように、地元の良さを見失っている人にも、その魅力を思い出してほしいと願っています。